Todoの独り言です。
最近はブログに書き込むことの方が多いのですが。。。。、

東北旅行

2019/11/07-10

◆写真をクリックすると拡大します◆

我が家の廊下には日本地図を貼り出し、行きたい所に付箋紙を貼り付けています。
今度はどこに行くかねとその地図から選択したのが中尊寺。あとはその周りをくっつけて、11月7日から10日まで仙台~松島~平泉~遠野を旅しました。
最初は夫婦二人旅のつもりだったのですが、横浜・東京に住む娘(既婚)と息子(未婚)に声をかけると「一緒に行く」とのことで一昨年の日光に続き家族旅行となりました。ちなみに娘婿は仕事もあり、また観光に興味を示さない性質なので不参加です。

仙台(11/07)

軽く朝食をとって、例によって早朝に自宅を出発。東海道新幹線から僅かに冠雪した富士山が綺麗に見えました。
東京駅で東北新幹線に乗り換え。ここで予め駅弁を買ってくるように頼んでおいた息子と合流です。車内でお弁当を食べて1時前に仙台に到着。コインロッカーに荷物を預けます。

仙台はループルと言う観光用循環バスの1日券を買って回ります。土日は15分おきですが、今日は平日なので20分おきです。
しかし観光シーズンなのかバスは常にぎゅうぎゅう詰めに近い満員でした。これなら15分おきの方が良さそうです。

最初の訪問地は瑞鳳殿です。
バスを降りた途端、目の前は結構急な上り坂。しかも長い。シンドイけれどこういう参道を進むのは森閑とした雰囲気になり良いものです。やがて瑞鳳殿が見えてきます。小ぶりながら黒漆に極彩色、金の飾り。さすが「伊達者」政宗の御廟です。
さらに回ると二代忠宗の感仙殿、三代綱宗の善応殿が並んであります。よく似た建物ですが紋などが少しずつ違います。

政宗の御廟・瑞鳳殿
感仙殿の扉
阿吽の竜
三日月の兜をかぶった政宗公


続いて向かったのは仙台城跡。
混雑したバスを降りると、当然ながら上り坂(笑)。
登り切ったところにおわしますは、言わずと知れた三日月の兜をかぶった政宗公です。
まあ、本当の定番スポット。ある意味、予想通り。それだけ。
仙台の街を見下ろしたのち、クルリと回って次に向かいます。

次は大崎八幡。
バスを降りたら・・・また階段だ~。ハトの文字の赤い鳥居を抜けて、せっせと登ります。
仙台の中心街は沖積平野にあり、その山際に歴史的建造物が残っているのですね。
最初に見えてきたのは長床という門状の建物(重要文化財)。中に大きな絵馬が。さすがに仙台、ベガルタにイーグルス。 少々小ぶりですが桃山様式の鮮やかな神社。こちらは政宗公が移設したものが残っていて国宝です(瑞鳳殿は戦争で焼け、再建されたもの)。
こういう桃山形式の建物ばかりが目立つのは、やはり政宗という傑物がいた為で、それ以外には大した人物がいなかったという事ですかね。


八の字が向き合った鳩
長床の中にあった巨大絵馬
桃山様式の本殿

次に向かうのは輪王寺です。ガイドブックによればモミジの名所。
ループルのコースからは外れるのでタクシーで行きます。日光に同名のお寺がありますが無関係みたいです。
着いたのは4時過ぎ。予想以上に夕暮れが早く人っ子一人いません。モミジにはちょっと早かったようですが、なかなか雰囲気がある庭を家族で独占状態でした。
暗くなって来たので今日はここまで。タクシーの運転手さんに教わった通りバス路線に出ようとすると、そこは何やら冥界にでも繋がって居そうな夕闇の真っ直ぐな参道でした。

三重の塔~コンクリート製です
モミジはまだ・・・
夕闇の長く真っ直ぐな参道

バスで仙台駅に。買い物がしたいという息子と分かれて、駅の中で暫し休憩。
今日は都内で仕事だった娘から「8時頃に仙台到着予定」というメールが入り、夕食は4人一緒にという話になって、駅近のホテルに一旦チェックイン。
夕食はもちろん牛タン。駅の店には珍しく地元の人でも美味しいという評判のお店が「牛タンロード」と名付けられた4-5軒の牛タン専門店が並ぶ一角にあります。夕方に行ったときはその店だけ20人くらいの行列でしたが、8時に行くと丁度列が切れたところ。
いや、美味しかったですね。テールスープも絶品でした。

松島(11/08)

ホテルの無料朝食をいただいて、朝8時の東北本線で松島に移動。
通常は仙石線の松島海岸駅なのですが、夕方に一関まで移動するので松島駅に荷物をデポ(登山用語で荷物の一部を登路の途中に置いておくこと)。そこからタクシーで瑞巌寺に。

瑞巌寺。観光客など居ない早朝の禅寺は凛として清々しく。
金泥の襖絵が見事です。禅寺に金泥はイメージでは無いのですが、別にミスマッチとも感じず。もっとも背面に廻ると墨絵が有って、流石にしっくりしてましたが(室内は撮影禁止)。
参道は大きな杉。伽藍の三方は数mの高さの岩肌。そこいらじゅうに窟が掘って有ります。

瑞巌寺の庫裡。観光客はここから入ります。
三方をこういう岩に囲まれています
参道の大きな杉

すぐお隣が円通院。門を潜ると左に白砂のお庭。見事な紅葉に一気にテンションアップ。
さらに奥に入ると今度は苔が見事です。何やらTV撮影中。案内をしていたお坊さんが私たちに向かい「12月4日放映ですよ」と教えてくれました。まだ10時前、すこしずつ観光客が増え始めます。

円通院の石庭
東屋の丸窓から
苔が見事な三慧殿。TV撮影中。

続いて観光船乗り場に。
乗船まで時間があったので(毎定時出発)乗り場から見える五大堂を散策。やはり人出も増え、海外(アジア)からの観光客も多いですね。
その後、観光船で松島の湾内を一周(50分)。船から見た松島は・・・・。
正直な所、瀬戸の多島海を見慣れている身ではさほどの感慨もなく。確かに小島・奇岩の類はこちらの方が遥かに多いのですが、海に岩に松という基本の構図は同じですからねぇ。

五大堂からみた松島湾
こんな穴の開いた島は瀬戸内には無いかな~
一番有名?でも根元のセメントがちょっと・・

THE MUSEUM MATSUSHIMAへ。ここが予想外に良かった。
余り宣伝もされず、お客さんもまばらなミュージアムですが、中には3つの展示があります。
一つは瀬川モードコレクションと称してパリ・オートクチュール黄金時代のモードを(これは私個人として興味なく)。
もう一つは北原トイ。「なんでも鑑定団」の北原照久さんのおもちゃ博物館は方々にありますが、その中では小さい方かもしれません。しかし、ここでは動くブリキのおもちゃを3-4個置いたブロックが6つ有って、それらを10分間隔で動かしてくれます。
いや~楽しい。 もちろん動かないおもちゃもたくさん展示されてます

そして最後がオルゴール。単純な展示もあります。しかし、1時間に1回程度、一室に集められた大型オルゴールを係の女性が実際に鳴らしてくれます。それも一台では無く全部で5-6台。公園などで演奏するストリートオルガンも楽しいし、最後の巨大なコンサートオルガンなど大迫力です。

ちょっと遅めの食事を摂った後、五大堂から見えて気になって居た赤い長い橋を渡って福浦島に。先端の展望台まで往復。
少し時間が余ったので、家内のリクエストでこけしの絵付けをしました。

これで松島観光終了。松島駅にタクシーで戻り(途中で横から飛び出してきた車にぶつかりそうになってヒヤリ)、東北本線を一関に。日没が早く、ワンマンカーが暗闇の中を走ります。
ホテルにチェックイン後、夕食を食べに出ました。目指すは一関名物の「もち御膳」。もともとは祝儀/不祝儀の席でふるまわれていたご当地料理です。もちの小鉢8種とお雑煮、ちょっと量が多いかなーと思いましたが、甘い味付けのせいなのかするっと食べられました。美味しかったですが、惜しむらくは雑煮は熱々が欲しかったな。

福浦橋上で弾けてます
こけしの顔を描くのに懸命な3人です
この地方の祝いの席の定番料理のもち御前

平泉(11/09)

毎日朝が早いとちょっと不機嫌な息子ですが、7:50の電車で平泉に。
コインロッカーに荷物を預け、タクシーで中尊寺の一番奥の金色堂下まで連れて行ってもらいます。
金色堂のチケット売り場さえ開く(8:30)前、境内ではお寺やお店の人達が竹ぼうきで清掃中です。

中尊寺の絶景を独り占めです。
うちの家族の他には、大きな三脚を持ったカメラマンが数人。観光客はほとんどいません。
参道をふらふら歩きながらモミジを堪能!

人っ子一人いない参道のモミジ
鐘搗堂の黄色いモミジも素敵です
本殿付近の参道です。朝駆けの成果です。
金色堂の覆い堂に向かう坂。杉が立派
娘が拝んでいた珍しい「目」の薬師さん
池に映るモミジ

実際に見た金色堂は、確かに廊下まで金ピカなのですが、それ以上に螺鈿細工に目を奪われました(写真不可)。
境内をのんびりと(ほかの人達の倍くらいゆっくり)歩いて見て回ります。
観光客が増え始めた(特にアジア人)10時ごろに、月見坂というあちこちに休憩用ベンチが有る結構急な参道を下って行きます。朝に奥までタクシーで入ってもらって、時間的にも肉体的にも正解でした。
下の駐車場でタクシーを見つけ毛越寺に向かいます。

毛越寺。ここが素晴らしかった。
山水の凹凸もほとんど無く、池を巡る広く平らな回遊式の庭園なのです。そうした珍しい構造よりも、とにかく紅葉に目を奪われます。本当にジャストタイミングでした。
もう語ることも無く、ただ写真を並べます。

徒歩で駅前に。目指すは・・・わんこそば。
平泉式のわんこそばは人が付くのでは無く、小割にした大量(24個)の椀が一気に提供されるスタイル。ですから場所を取ります。4人分並ぶとお隣のテーブルまではみ出して・・・(笑)。
最初は順調に、最後はちょっとモタモタしてしまいましたが美味しかった。いや~、これで人が付いたら相当なプレッシャーですね。駅前という立地ながら、手抜きの感じられない美味しいお蕎麦屋さんでした。

使用前。お蕎麦の盆は2段重ねでお椀は1人分24有ります。
使用後。全員完食!!

時間があったので高館義経堂(義経終焉の地で「つわものどもの夢の跡」の句碑がある)、無量光院跡(宇治平等院の鳳凰堂を模した寺院跡)など行きましたが、さほどのことは無く。これだったら達谷窟毘沙門堂の方がよかったかな。

これで平泉は終わりです。同時に一足先に帰京する息子ともお別れ。
駅前の小さな喫茶店で息子を見送り、残り3名はさらに北に向かいます。
次の下車駅は新幹線も停まる北上駅ですが、驚いたことにここから先は交通系ICカードが利かないようです。切符を買って再び1時間に1本しかない奥羽本線に乗車します。

北上からはレンタカーです。
今回は4人だったのでタクシーも多用しましたが、基本旅行は電車・バスの公共交通機関で移動することにしています。しかし、今回は余りに便が悪い。また明日の遠野は見たい所が広く分散し、バスなどの交通機関も無いのです。自転車も考えましたが、雨でも降ったらどうしようも無く、レンタカーを使うことにしたのです。

まずは一路花巻に。目指すは宮沢賢治記念館です。
私は本が好きですが、宮沢賢治はOut Of Scope。ここを強く希望したのは家内です。
もっとも時間は限られていて、記念館とお土産とレストランの山猫軒を見て終わり。

宮沢賢治記念館前。中は撮影禁止。
お土産とレストランの店

既に暗くなった自動車専用道を遠野に走ります。
遠野ICで左側の出口に降りようとするとナビが逆方向を指示してきます。混乱の内ICを通り抜けたらナビ上では道の無い所を走っているのです。どうやら遠野から先の道は最近できたばかりでナビの地図が古いようです。
とは言え自動車専用道ではどうしようもなく、次のICまで行ってUターン。
20分くらい無駄をしましたが、目的の一つだったホテルで6時から始まる「語り部」には十分間に合いました。

語り部のおばあちゃんは私達が広島からだと聞いて、ゆっくりしゃべってくれます。これが東北の人達ばかりだと早くなるのだそうです。方言をしゃべらないわけにはいかない。でもゆっくりなら何とか理解できるだろうと。
確かに判らない言葉もあるのですが、ちゃんと話について行けます。約30分で3話、楽しみました。

夕食は遠野名物・ジンギスカン。
徒歩でホテル近くの店に行ったら、高校生らしき若者の貸し切り状態。仕方なく車に乗り換えて7-8分の幹線道路沿いのお店に行きました。癖もなく美味しかった。大体家内はこういうのを苦手にしているのですが、パクパク食べてましたね。


遠野(11/10)

遠野に行きたいと言ったのは娘なのです。その為、旅程も1日延長。
私たち夫婦はあまり興味もなく、行く直前に付け焼刃的に遠野物語を読んだくらい。家内に至っては途中挫折。
しかし、本当に良い所でした。

例によって朝早く目覚めた私は、朝食までの間にホテルの裏山(鍋倉城跡)へ一人で散歩に行きました。予想最低気温0度、冷え込んでます。途中で太鼓と祝詞が聞こえ、中腹にある南部神社にお参り。さらに登ろうとすると「クマに注意」の看板があります。気にせず登っていくと、行く先に有る東屋からガサゴソ音がします。やばいかな~~と首を延ばしてみると、何やら動物が逃げて行く所。熊では無い。でもイノシシにしては足が長いなと東屋にまで登って逃げた方向をみると・・・。どう見てもニホンカモシカです。二頭います。一頭は15mほど先の谷間から振り返り、じっとしてこちらを見ています。もう一頭はその向かいの斜面を登っています。
いや、びっくりしました。後でホテルの人に「カモシカって居ます?」と聞いたら、即座に「居ます」とのこと。
しかし、追いかけて脅すわけにもいかず、方向を変えて山頂の城跡を目指します。ここから見た遠野の朝もなかなかのものでした。

ニホンカモシカ。広角しか持ってなくてこれ以上寄れず残念。
鍋倉城跡から見る遠野の朝靄

部屋の帰って家内と娘に「カモシカを見た」と自慢。二人で「行ってみよう」なんて言ってましたが「もう近くには居ないと思う」と言って諦めさせました。

ホテルの朝食(ちゃんと作られた感じで久しぶりに和食を。美味しかった)を頂いてチェックアウト。
まずは卯子酉様(うねどりさま)と五百羅漢を目指します。カーナビはちゃんとナビしてくれるのですが、入り口が判らず通り過ぎてしまいました。観光地っぽく無いのです。看板もない細い道を入って、その先が小さな駐車場。

卯子酉様は目の前に有るのですが、その横の山に崩れかけた急な石段があり、その先は愛宕神社のようです。まずはそちらに行こうと娘が登り始めます。そうなると親も必死で追いかけます。ようやく階段を登りつめたと思うと娘が立ち止まり、こちらを振り返って「カモシカがいる」と。見ると参道の少し先に確かにカモシカが立ってこちらを見ています。距離は15m程でしょうか。にらみあう事(笑)暫し、脅すのもかわいそうで引き返します。まあ山神様に会ったということで。
う~~ん、せっかくの私の自慢の種が消えてしまった(笑)。

卯子酉様、良い雰囲気ですね。赤い布は絵馬のような物。願い事を書いて結びつけます。
縁結びの神様とのことで、家内が先に帰った独身の息子になり代わり一生懸命書いてました。

カモシカ。今度は望遠にしたのに手ぶれ(涙)
何やら雰囲気たっぷりの卯子酉様
愛宕神社下の石碑

そのまま山道を10分くらい歩き、昨夕通った自動車道を超えたところが五百羅漢です。
道は落ち葉で一杯で、ほとんど人の歩いた気配がありません。一日10人も来るのかしら。
山の斜面の杉林の中に一抱え程の自然石が積み重なり、その岩に羅漢が彫られています。素朴な線描に岩に付いた苔が何とも良く似合い、「おごそか」と言うより「あたたかい」気持ちになります。

渋くて良いお顔です
杉の谷間に折り重なった岩に彫られています
広島では余り見かけぬほうの葉

次に向かったのは有名なカッパ淵です。
まずは伝承園横の駐車場に車を入れて。まだ9時過ぎ、観光地とは言え人は居ません。
雰囲気は悪くないですけど、ちょっと綺麗過ぎますかね。そして予想以上に奥行きが無くて何やらおどろおどろしいものが潜んでいる気がしませんね。帰りかけたころ二代目河童オジサンが登場。名刺をいただきました。
伝承園に引き返します。
ここは移築された曲り家が良いですね。適度に生活感が有って如何にも民家という気がします。そして、御蚕神堂(オシラ堂)。普通は民家の中にあるもののようですが、ここでは曲り家と廊下で繋がった別棟になって居ます。その中の千体のオシラサマ。何やらここはおどろおどろしいな雰囲気が有ります。

カッパ淵。見える範囲が全て
入口・常堅寺の仁王像。陸奥風の御顔なのでしょうか。
伝承園の御蚕神堂

さらに山崎のコンセイサマ(男性器を形どった子宝や腰痛治療、豊作をつかさどる神様)、デンデラ野(村田喜代子さんの『蕨野行』の元になったと思われる姨捨伝説の地)、山口の水車など回りました。
良いですね~。遠野観光協会のHPには「観光名所」に挙げられてますが、最初に行った卯子酉様や五百羅漢同様にほとんど人が訪れているようには思えません。しかし如何にも遠野物語の世界なのです。そして、それぞれの場所の雰囲気もさることながら、何よりも素晴らしかったのは、針葉樹の緑と広葉樹の濃いキツネ色の紅葉にまだらに染まった晩秋の山に囲まれた遠野の盆地そのもの。収穫を終えた田んぼの中にたわわに実った柿の実が青空に映え、日差しは温かいけど少し冷たい凛とした風が吹きわたる。これぞ「民話の里」という風情です。

道路脇にポツンと建つ鳥居
むこうの山の中に社があるのでしょう
遠野の山と広い空。
私の腕前では写しきれません。
遠野からの帰り道。
車中から見た宮守のめがね橋

多分、多くの人はバスで「伝承園」や「遠野ふるさと村」「とおの物語の館」などの観光施設を廻るだけなのでしょう。私達は遠野物語を予習し、レンタカーで回ることで、半日と言う限られた時間の中で、それとはちょっと違うディープな遠野巡りが出来ました。

さて、これで東北旅行もすべて終了。レンタカーで新花巻まで行き新幹線で帰ります。
Google Mapさんによると一般道でも自動車道と数分しか違わないようなので、一般道で帰ることにしました。途中道の駅 遠野風の丘で当地の名物ひっつみ(すいとんの一種)を食べてお土産を買い、順調に進んでたつもりがナビさんが示す到着予定時間がヤバくなってきました。どうもGoogle Mapが間違ってるっぽい。そこからは一生懸命車を走らせます。時間があれば寄ろうかと言っていた宮守のめがね橋も車中から。

頑張った甲斐あって、ちょうど良い時間に新花巻駅前でレンタカーを返却。無事、東北新幹線に乗ることが出来ました。
途中仙台で乗り換え。東京駅で娘と別れて、今度は東海道新幹線に乗り換えです。
私は持ってきた重松清の『さすらい猫ノアの伝説』に没頭していたのでさほどでもなかったですが、家内はすっかり電車に乗り疲れてました。そりゃそうですね、7時間、1400㎞の電車移動ですからね。

夜9:00前に帰宅。珍しく天候に恵まれた楽しい旅が終わりました。