Todoの独り言です。
最近はブログに書き込むことの方が多いのですが。。。。、

四国旅行

2025/11/22

11月8日(土曜日)から15日まで旅行に行きました。
第一目的は半年ぶりに孫(娘夫婦の子。4歳と0歳7か月の二人)に会う事。
ついでに息子にも会って(笑)、帰りには小旅行。毎年の春/秋旅行のいつものパターンです。

東京・横浜からの帰路に立ちよる小旅行なのですが、今回思いついたのが高知。
広島からだと岡山経由になって意外に遠い。ところが横浜からだと、羽田から飛行機に乗って1時間少々。思いついたのが早かったので飛行機の「早割り」が効いた上に、偶然にも「タイムサービス」に当たって、新幹線よりもかなりお安くチケットが取れました。

11/08~東京へ

例によって早朝に出発。11時に東京・新橋で息子と待ち合わせ。
新橋で昼食をとって台場のマダム・タッソー東京に。息子は初めてですが私達夫婦は二度目。最初の時ほどでは無いですがやはりテンションが上がります。オードリー・ヘプバーンの肩を抱いたりして・・・。

ヘップバーンの肩を抱いて(ニヤケてます)
空は飛べませんが・・・

その後、豊洲で開催中のラムセス・ミュージアムに。
家内の趣味に付き合ったのですが、なかなか見ごたえのある展示で、私も息子も結構楽しめました。写真撮影自由です。

美しく繊細なレリーフ 
不思議な雰囲気を持った棺

夕食は息子のおごりで豊洲の「千客万来」で。つきぢ神楽寿司の寿司は流石の鮮度のネタと、赤酢を使用した赤しゃりが口の中でほろりと崩れて非常に美味。

新橋で息子と別れて、本日から2日宿泊する川崎へ。

11/09~娘宅とVR

朝食は24時間営業の「富士そば」。東京近辺では駅前にあるチェーンですが家内が好きなのです。

横浜の娘宅に向かいます。
随分としっかりしてきた4歳の孫(男)がお出迎え。早速、私にプラレールを組んでくれとか、ボール紙で自動車を作ってくれとか。5月の時に作ったボール紙の車をしっかり覚えていて、私はどうも「物を作ってくれる人」という位置づけらしい。
一方で7か月の孫(女)は何やら警戒心一杯。家内は割に簡単に手なずけましたが、私が近くにいると目を離しません。手を差し伸べると泣き始めるし・・。そういえば旦那のお父さんも泣かれてたな。
さて二日で馴染んでくれるか。

夕方、孫たちと婿は家に残し、娘と三人で予約していた最新のVR技術を使って古代エジプトを旅できる「ホライゾン・オブ・クフ」に行きました。これが面白かった。

ニックネームを登録し、トンネルの様な通路を抜けると白黒の妙な模様で塗られた広い部屋。そこでは先に入ったお客さんがゴーグルをつけウロウロ歩いています。その手前で、スタッフさんが私達にもVRゴーグルを装着してくれます。ちゃんと見えるか確認後にVRを使って簡単なオリエンテーションが行われます。

いよいよスタート。ふと気付けば、クフ王のピラミッドが頭上にそびえています。半ばあたりには入り口も見えます。ぐるりと周りを見渡せばよくテレビで見かける風景。そこに歴史学者を称する女性がVR上に現れ、彼女をガイドとしてツアーが始まります。

ピラミッドの入り口まで床がエレベーターのように持ち上がっり、そこから歩いて入り口からピラミッドの中に入って行けば、いつのまにやら大回廊の真ん中あたり。ここでひとしきりガイドの説明が有ります。更にエスカレーターに乗ったような感覚で「王の間」へ。大回廊の照明とか王の間の換気扇とか、とにかくリアル。しかもガイドの説明を聞きながら自分の足で石棺の周りを歩き、空の石棺の中を覗き込み。まさしく没入体験です。

SFチックに表面だけ残して中をくりぬいたピラミッドの中を石畳に乗って浮遊したり、頂上(一杯落書きがあるのがリアル)へ移動して景色を見降ろしたり、死者の船に乗ってミイラ作りの現場に飛んだり。あっという間の1時間でした。

現実世界ではビルの床なのだと頭の中では理解しながらも、空中に浮いた石畳の隙間に足が入るのが怖かったり、現実には存在しない洞窟を屈みこんで抜けたり、たぶんVRゴーグルを装着してない人が見たら可笑しいのでしょうね。
けっこう混んでいて、歩く先に白いメッシュの人がいて邪魔になることもあったけど、とて不思議で面白い体験でした

休日は一人5000円(1時間)。入る前は「高いな~」と思ったけど、体験後は娘や家内も充分その価値はあったなと。
画質の鮮明さとか匂いや温度・湿度とか、現地で無ければ体感できないこともあるのだけれど、海外旅行の代替えとしても充分にそれなりの価値はある様な気がします。いや、面白かった。

ゴーグルをつけてウロウロ歩く参加者ですが・・・→
本人はガイド桟の後ろを歩いているつもり

崎陽軒本館の中のアリババというビヤホールで夕食をとって、娘と別れて、川崎のホテルに帰りました。

11/10~再び娘宅、そして高知へ

ホテル近くのやよい軒で朝食。初めてですがザ・朝飯といったメニューも良いですね。暖かいし。

10時ごろ、娘の家に行って孫と遊びます。4歳の孫は元気いっぱいで優しく、自分の考えや出来事も説明できるようになって、チャンと会話が成立してきました。7か月の下の子は、両親に対してとろける様な笑顔をふりまきます。残念なことに、私には警戒の眼差ししか向けてくれませんが。。。二人とも至って順調。両親の愛情を一杯受けて順調に育ってる事が良く分かります。

下の子に対しては、家内のアドバイスに従い、少しずつ接近。最後には抱っこしても泣かなくなりました。
しかし、これでタイムアップ。私達は羽田に向かいます。娘は乗り物好きの上の子を連れて羽田までお見送り。下の子と婿さんは家でお留守番。

もとは保安検査場近くのバスゲートからの搭乗だったのですが、一番先端のゲートに変更になってました。いや~、遠いですね。関空のウイングシャトルみたいなものが欲しいです。
定刻から10分ほど遅れて出発。天気は良かったのですが、飛行中はそこそこ揺れて。でも無事に高知空港到着。
空港案内所で明日使うバス一日券「My遊チケット」を購入して、シャトルバスで高知駅前のホテルに到着。

夕食はトコトコと15分ほど歩いて高知の観光名所「ひろめ市場」に。
カツオのたたき等を扱う飲食店やらお土産物屋などが集まった屋台村という雰囲気。フードコート風にテーブルがあって、廻りの店から買って来たものをそこで食べます。
席が見つからずにウロウロしてたら、フードコート横のインド料理店の人(パキスタン人?)が寄って来て、ビールを注文してくれたら店の席に座って、他の店の料理を持ち込んでもOKとのこと。
ビールを飲みながらカツオのたたき(塩)、ウツボの唐揚げなど土佐料理を満喫。でも最後に店に遠慮して美味しそうに見えたビリヤニ(カレーチャーハン)を頼んだら、結構辛くて、土佐料理はすっかりどこかに消えて無くなってしまいましたよ(笑)

分厚い塩たたきとウツボのから揚げ
店内はこんな様子

11/11~高知観光

ホテルで朝食。
前日、チェックイン時に朝食チケットを200円で購入したのですが、これが素晴らしい。
シャキシャキの野菜、スパゲティ、茹で卵、分厚いトースト、そして何故か具だくさんの味噌汁。どう見ても200円の量では無いし、美味しい。キッチンにいたのはホテルオーナーの女性で、どうもその人の趣味ですね。採算度外視。ホテルの口コミに書き込みが沢山あったのは知っていましたがけど、それでも予想を超えて満足です。

名古屋のモーニングでもコーヒー代が必要だが・・
駅前の三傑像(武市半平太・竜馬・中岡慎太郎)。ちょっと丸め

高知駅のコインロッカーに荷物を入れ、駅裏にあるバスセンターからバスで桂浜に。
竜馬像を見て(意外に高い)浜に出たとたん二人で「お~~」。鳥取砂丘の時と一緒で「たかが砂浜じゃん」と馬鹿にしてたのですが、瀬戸内のチャポチャポした波ばかり見てきた目には、太平洋の荒い波はぐっと来ます。家内曰く「何時間でも見て居れそう」
岬の先端の神社(海津見神社)から坂本龍馬記念館(かなりの登坂)を見て回って、記念館前のバス停からMy遊バスという定期観光バスで次の目的地に向かいます。

意外に背が高い竜馬
桂浜~これでも穏やかなのでしょうが、瀬戸内の人間にとっては荒い波。

着いたのは四国八十八箇所第三十一番札所の竹林寺。
苔むした石段、立派な山門、本堂。なかなか良い雰囲気。
名勝庭園もあります。鎌倉などで見た山の斜面を利用した庭園ですが、どうも私は京都の「作られた庭」の方が好みの様です。

雰囲気のある境内と立派な山門
山の斜面を利用した庭園

1時間後のバスで高知市内に戻り、降りたのは北はりまや橋バス停。やっぱり「日本三大ガッカリ」は見て置かなくては・・・・。
予想以上にしっかりした橋で「ガッカリ」を期待していくと左程ではなく、とは言え「名所」としてはガッカリなのは間違いなく、何やら妙な感じです(笑)。 そこから高知城まで、昼食の店を探しながら歩いていると、外に「バナナマンのせっかくグルメ」で日村さんが食べた"強引具バーガー"という看板を出しているハンバーガー屋"5019 PREMIUM FACTORY"を発見。高さ18㎝サイズのハンバーガーにアメリカンサイズのフライドポテト。60代後半の夫婦には十分すぎて。美味しかったけど特筆するほどの味では無かったですが。

さて、高知城。現存12天守の一つです。
現存12天守は、江戸時代またはそれ以前に築城され、そのままの姿で残っている全国で12の城の天守を指します。これらは弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城です。
特に城好きでは無く、城を目的に旅行するわけでは無いのですが、旅先にお城が有れば立ち寄る事を繰り返すうち、6城(松本、丸岡、彦根、姫路、松江、丸亀)は既に訪問し、今回の旅行で松山城、宇和島城、高知城の3城を回るので、残りは弘前城、犬山城、備中松山城の3城になりました。もう、こうなったら全城制覇ですね。

堂々とした黒い追手門前に立つと、その向こうに天守閣が見えます。どちらかと言えばほっそりした感じでさほど大きな天守閣ではありませんが、高知城の特色は天守だけでなくや天守にくっついた本丸御殿をはじめとした本丸の建物群がすべて現存している事です。

ほっそりと端麗な天守閣
本丸御殿を含めて江戸時代の現存建築物
高知城歴史博物館から見た高知城。天守閣の左が御殿の屋根

最後に高知城歴史博物館をちらりと見て(展望所からの高知城が素晴らしい)、とさでん(市内電車)で高知駅に戻り、朝にロッカーに入れた荷物をピックアップして、次の宿泊地・四万十市(中村駅)に移動しました。

11/12~足摺岬と竜串海岸

椿の群生(自生林)の中の小路 

ホテルの朝食を食べ(何せ近くに飲食店が無い)、今日はレンタカーを借りて足摺岬と竜串海岸巡りです。

曇り空の中、ドライブすること1時間少々。足摺岬に着きました。
まずは展望台へ。すると右手にもっと良い景色の展望台~天狗の鼻~があるとの事でそちら向かいます。延々と続く椿の群生(自生林)の中の小路。何やら不思議な風景です。花の時分だと凄いでしょうね。
天狗の鼻からは先ほど立った展望台の崖、その向こうの灯台、そして太平洋の大海原が見えて中々の絶景。規模は違いますが「ここに地終わり海始まる」のポルトガル・ロカ岬を思い起こすものがありました。

天狗の鼻から見た太平洋。右の崖上に灯台。その手前の崖が展望台。

再び展望台~灯台をぬけて白山洞門を目指します。しっかり整備された道ですが、人にはほとんど出会いません。途中で亀石(なかなか良く出来た石です)を見ましたが、行けども行けどもという感じ。そしてアップダウンが激しい。足に来ます。最後に急坂を下ったらそこが白山洞門。
これだけ歩いて、たいしたことなかったらがっくりだな~と心配しましたが思ったより大きくて良い雰囲気です。見る角度によってはハートに見える洞門の中から波が押し寄せて来ます。そしてその先はサスペンス劇場にでも出て来そうな荒涼たる砂浜。他にも何組かいましたが、皆さん満足の模様。

弘法大師を背中に乗せて不動岩に渡ったという伝説の亀石
白山洞門~ハートにに見えますか?

帰り道は、途中で車道に接近したところで、10数メートル踏み跡をぬけて道路に。これでアップダウンの激しい遊歩道から上手く逃れて、平坦な車道を一寸行けば駐車場と向かいの金剛福寺が見えてきました。第38番札所、立派なお寺でした。

車で昼食の場所を探しながら次の目的地・ジョン万次郎資料館へ向かいました。
ここは清水サバで有名な土佐清水市。一つの候補として挙げていた「足摺黒潮市場」という道の駅風のお土産物屋&レストランが休業の様です。他にないかゆっくり走らせますが、どうもどの店も入りにくそうで・・・。「まあ、ジョン万カレーくらいあるさ」と資料館についたらまさしくありましたジョン万カレー。というか、ほぼそれ一択。資料館を見て次の目的地・竜串海岸に向かいました。

竜串海岸にはグラスボート・水族館・海底館の3つのスポットが有って、時間的にはその二つ位と思っていました。しかし、最初のグラスボート乗り場を見逃してしまい、水族館は意図的に通り越して、最後の海底館近くの駐車場に。どこか寂れていて、駐車場付近からは海底館も見えず、この先に本当の有るの?という感じです。
海岸沿いに歩くと見えてきました海底館。1972年創設だそうですから見事に昭和の雰囲気が漂います。それよりも海底館迄の海岸が面白い。弘法大師がこの地の景勝があまりに素晴らしいので「見残した」(全部見ることができず、名残惜しんだ)というので「見残し海岸」と呼ばれる場所で、奇岩が一杯。普通ならXX岩なんて立札が一杯ありそうですが、名づけられた岩が少ないのも良いですね。(写真を撮り損ねた・・・)
受付で「今日は視界が悪いので半額です」と言われて廻り階段を降りたらテンションが一気に上がりました。確かに濁っていますが、大きいの小さいの、熱帯魚のように鮮やかな色の、色んな魚が泳いでいるのが見えます。特に上から垂らされた餌籠の周りには沢山の魚が群れててテンションが上がってきます。魚ってこんなに波に流されてるんだ。いや~楽しかった。

昭和の、ちょっと不信感さえ感じる設備です
群がる魚群。水が濁ってるのが残念。

次に入ったのが水族館。
こちらは新しくてきれい。規模もそこそこ大きい。
しかし、ここらでダウン。歩き回って足は悲鳴を上げてるしエネルギー切れ。本当はもう一カ所「観音岩」を回るつもりでしたが、そこもパスして次の宿泊地の宿毛に行きました。
夕食はホテル併設のとんかつ屋さんで定食。良心的なお店でした。

11/13~宇和島と内子

朝食はホテルで。
9時にレンタカーを宇和島で返却(24時間)するので、朝食後にはホテルを出ます。小雨が降る中、慣れない道を制限速度+αくらいで走りますが、地元民はもう少し早いので、途中で何度か退避。無事、時間通りに宇和島に到着。駅のコインロッカーに荷物を預けて観光します。

まずは宇和島城。宇和島藩は仙台の伊達家の支藩。幕末時には藩主・宗城が西欧化を推し進めて富国強兵政策をとり、幕政にも関与して本藩よりも目だった活躍をしました。
なかなか風情のある石垣を見ながら、雨の中を登るのは勘弁してほしい石段をヒーヒー云いながら登った本丸広場。ぽつんとと言った感じで可愛い天守閣が立っています。高さ的には現存12天守の7番目ですから中位なのですが、何処かほっそりと清楚な佇まい。小さいけれど形は如何にも天守閣で、何処かミニチュア感があります。驚いたことに中には障子戸が有ったりして、大阪夏の陣から40年、平和な時代に建てられたものだという事が判ります。天守から見下ろす宇和島の深い湾が良い。

雨の石段
こじんまりした天守閣
宇和島湾を見下ろす雄大な景色

次は天赦園。この当りで厚い曇り空ながら雨はやみました。
大きな池を中心に配した廻遊式庭園です。中央の島と外周をつなぎ池を跨いで太鼓橋状に作られた藤棚が特徴的です。手入れが行き届いていて、ホッとした感じで眺められるお庭でした。

手入れの行き届いた綺麗なお庭です
池を跨いで太鼓橋状に作られた藤棚
 

そのすぐそばにあるのが伊達博物館。
内容はともかく、ロビーに置いてあった兜、陣羽織、日本刀でコスプレして家内はご機嫌です。

お昼はもちろん「宇和島風鯛めし」。
この近くに友人がいるという義姉のお薦めにしたがって、宇和島城武家長屋門近くの一心というお店。中に入ったらちょっとお高いお寿司屋風の綺麗なカウンター席です。「宇和島風鯛めし」という名前だけ知ってたのですが、どのようなものかは知らず。出てきたら、たれに漬けたタイのお刺身と卵の黄身を良く混ぜて、暖かいご飯にかけて食べる。美味しいですね。

駅に向かった商店街を歩いていると、あちこちにちょっと変わった鬼の面の様なモノが飾ってあります。そしてこんな姿も。調べたら牛鬼というものらしいです。

宇和島風鯛めし
商店街の店の上の飾り
牛鬼。本物は大人20人位で担ぐサイズ

アンパンマン号に乗って次は内子。

駅から歩いて8分で内子座(大正時代に建てられた芝居小屋。重要文化財)。
肝心の建物は昨年から長期の保存修理工事に入っていて見られないのは残念ですが、楽屋の見学だけは出来て、浄瑠璃の人形や衣装などを見せてもらいました。

少し歩くと「商いと暮らし博物館」。受付で障碍者手帳を見せると「廿日市市!」と驚きの声。「内子にも廿日市という地区があるのですよ。字も一緒」。確かに読み間違える人も多い珍しい地名です。後で調べたら内子駅の少し先が廿日市地区でした。
この博物館は大正10年頃に建てられた商家(薬屋)です。わが家(大正4年)と変わりませんが、何せ規模が大きい。欄間などもきれいで、チャンと手が入っているので気持ち良い。あちこちにリアルな人形が有ってギョッとしましたが。。。

さらに数分歩くと内子「八日市・護国の町並み」です。
余り調べもせず、さほど期待もせずに来たのですが、ここが良かった。
道を挟んで蝋の生産で栄えた古い街並みが続きます。どの家にも折り畳み式の縁側の様な「床几」が付いているのが面白い。今風の家は少なく、あっても街並みに溶け込むようにかなり気を使っているようです。家に帰って写真を見て気付きました。そうか電柱が無いんだ!素晴らしい。豪商の軒を飾る鏝絵も見事です。

そして街並みの一番奥の方にあった「木蠟資料館 上芳我邸」
繁栄を極めた芳我(はが)一族の分家の建物。素晴らしい!そしてデカイ。
2階に上がると目的が分からない妙に広い間取り(蠟燭屋ですから2階が作業場とは考えられない)、そして豪壮な小屋組みが露わ。何故か梁からぶら下がる中途半端な柱。1階にいたガイドさんに聞いて分かりした。この建物、建築中に御主人が亡くなり、未完成なのだそうです。ぶら下がった柱は長押を吊るための「下げ束」と呼ばれる柱の様です。長押や敷居が無い、つまり部屋割が出来てないから妙にだだ広い。
奥に作られた木蠟資料館の展示も興味深く。

商いと暮らし博物館の内部
豪壮な芳賀本家(内部は非公開)
未完成の上芳賀邸二階
綺麗な鏝絵
六日市の街並み。電柱が無い。
珍しい廿日市という地名

後は、JRの特急自由席で本日の宿泊地・松山に向かいます。
松山駅から市電で道後温泉まで。今日から二日のお宿は道後温泉三館の一つの飛鳥乃湯の背面に隣接する「エグレット道後」です。ホテルですが、端的に言えば超短期の貸しマンション。2Fの受付(マンションの一室)に行くと、5分ほどの簡単な説明を受けて部屋の暗証番号を書いたカードを貰って、以後はホテルの人に会うことは無く、カードをポストに入れればチェックアウトという簡単な仕掛け。私的には好みです。

部屋は3階(エレベーター無しが辛い)で1K マンションそのもの。玄関で靴を脱いで上がると、右に洗面所(洗濯機付)でその奥がそこそこ大きいユニットバス。左にトイレと小さなキッチン(炊事用具一式)と冷蔵庫。その先にダブルとシングルのベッド。壁にテレビ。窓を開けると、小道を挟んで飛鳥乃湯の背面。綺麗に掃除して有りますし、良いですね。

一休みして飛鳥乃湯の広場を挟んで向かいにある「椿の湯」へ。ここは一種の銭湯ですね。料金はただお風呂に漬かるだけ。石鹸もシャンプーも、タオルも自前が基本。しまった、ホテルの備え付けを持ってくればよかった(笑)。まあ、一人分を自販機で買って入りましたが・・・。
浴槽は一寸深めで、端の段に肘を載せてお尻を浮かすと丁度いい。全体にそっけない造りですが、なんか気持ち良いお湯でした。

11/14~松山観光

6時の開館を目指して道後温泉本館に。外にはすでに何人も開館を待っているお客さんが居ます。
選んだのは「霊の湯二階席」コース。神の湯/霊の湯入浴、霊の湯二階席休憩、又新殿自由観覧。貸浴衣・貸タオル・貸バスタオル、お茶・お茶菓子サービスという60分のコースです。
まずは二階休憩室に案内され説明を受けます。昨日から何故か男湯入口に入ろうとする(単なる方向音痴)家内を制して、まずは霊の湯にのんびり浸かります。脱衣場で浴衣に着替えて神の湯に移動。神の湯は一般客が入る所で人が多い。ここでも充分に温まって、浴衣のまま二階休憩室で一休み。お茶とおせんべいのサービス。家内も出てきたところで、又新殿(ゆうしんでん:日本で唯一の皇室専用浴室)を見せて頂きます。自由観覧とありましたが、15分ほどのガイド付きの観覧です。いや、立派ですね。良いものを見せて頂きました。
ここで一つ疑問解消。「道後温泉は何処も一寸浴槽が深いですね」という問いに、昔は洗い場にお湯が出る蛇口が無かったので、浴槽から桶で身体にお湯を掛けていたので、お湯が減ってしまう。その為に深めに作ってったのだとの事。今では不要だけれど国の重要文化財なので、そのままにしてあるとの事でした。

道後温泉本館の全景
本館二階の休憩室にて
又新殿。手前が御居間、奥が玉座
又新殿。洞の間(休憩室)
又新殿の御湯殿

開門時間に合わせて松山城。
お城の下までロープウェーで行けますが、中国人らしき団体と一緒になって、やっぱり五月蠅い。でも、団体さんですから動きは遅く、天守閣までの10分ほどの道で引き離せました。

姫路、松本、松江城に続いて現存12天守のうちで4番目に高い松山城。姫路城と同じく中庭の周りを天守閣、小天守、櫓が囲む連立式。標高132mの山頂ですが防御専門の山城と言った規模ではなく、堂々とした平山城です。
天守閣内部には、刀を持って重さを確かめる展示(透明な箱に入っていて抜けない)や、火縄銃(当然模造品)を手にして狭間(銃眼)から外を狙える展示が有ったりして面白い。不思議だったのは天守閣内に天井や床の間あり、畳も敷けそうだし襖用の敷居もあります。実は天守閣は江戸時代と言っても後期の1854年(安政元年)に第12代藩主勝善によって再建された、完全に平時の建物なのです。とは言え、藩主は麓で暮らし、政務も麓で行っていたはずなので、何が目的だったのか。ちなみに連立天守のうち天守閣を除く小天守や櫓は昭和40年代に再建された物だそうですが、忠実に再現されており、見ごたえがあります。
天守閣最上階からは平山城という事もあって松山市街の全景が見渡され、城主の気分に浸れます。

左:小天守、中奥:天守、右:南櫓
堂々とした天守閣。平面は長方形。
狭間から火縄銃
昭和43年に再建された小天守に残る番付(使用部位)
天守から本丸広場。松山市を見おろす。

二之丸史跡庭園を目指して山を降ります。結構急な下り階段が足にきます。
かつては表御殿と奥御殿の広大な建物があった所ですが、今は門や幾つかの建物しかなく、大部分は当時の間取りを再現した花壇になっているのが面白い。

続いて市電で一駅ほど歩いて(広電と違って松山の市電は一駅間が結構広い)坂の上の雲ミュージアム方向に向かいました。ミュージアム入り口近くで「晩翠荘」の看板を見かけ入ってみることに。建物がある事は知ってたのですが、余り期待していなかったのです。しかしここが良かった。
松山藩主の子孫の久松伯爵が1922年に建築した別荘。鳥取城など幾つかの城にこうした洋風建築は有りますが、ここはジャンデリアやステンドグラスが素敵で見ごたえがありました。

晩翠荘。なかなか重厚な外観。
ステンドグラス
綺麗なシャンデリア

続いて坂の上の雲ミュージアム。
建築家・安藤忠雄氏設計の建物。高く評価する人も多いようですが、私は嫌いです。建物の主張が強すぎて、展示物が映えない。しかも無駄な空間がやたらと多い。どこもかしこも歪んでいて(直角が無い)家内は気分が悪くなったと。
もともと司馬さんの作品の内で『坂の上の雲』の私の評価は低いので、サラリと眺めて退場。

昼食後は市電で道後公園に。
中央が小山になっていて、松山城より前に作られた湯築城の城跡です。建物の遺構はありませんが小山の廻りを二重の掘や土塁が囲んでいて、小さいながらも城の様子が伺えます。頂上まで上がって見渡せば、前面に平野、後方は山で平野の端っこであることが判ります。なぜ平野の真ん中にある松山城の山に城を作らなかったのかな?標高が高すぎて手に負えなかったのかな。

もう少し時間が有ったので石手寺行く事にしました。寺のHPによると市電・道後公園駅から徒歩10分とあります。既にかなり歩き回っているうえに、車が行きかう道路脇を歩くのはしんどい。もう少しというところで路線バスに追い抜かれました。「え?バスが走ってるの?」気をつけて歩けばバス停があり、1時間に2,3本は出てます。帰りはバスに乗ろう。
第五十一番札所。山門(国宝)、本堂(重要文化財)など立派な建物があります(同じく重文の三重塔は工事中)。横道から入ったので帰る時に気付いたのですが、山門前の短い参道には土産物屋(屋台)が並んでいます。
でもねぇ、どうも好きになれません。私のホームグラウンドである安芸の宮島にもありますが、やたらいろんなものを建て、賽銭箱ばかりが多いお寺という感じがするのです。たまたま入ったマントラ洞窟なんてのも妙な物でしたし。
ちなみに近くに頂きに16mのコンクリート製弘法大師像があったようですが、まったく気づきませんでした(笑)

道(国道317)に出るとすぐにバス停。10分ほどで道後温泉行のバスが来ました。
まだ日は高いのですがさすがに疲れて、部屋に帰って一休み。夕刻、道後温泉別館 飛鳥乃湯泉に行きました。本館と椿の湯の中間的な位置づけ。旅館の温泉の様なものでボディソープ・シャンプー・コンディショナー・ドライヤー等は備え付け。料金を払えば休憩所(大部屋や個室)で休むこともできますが、私達はお風呂だけにしました。
男風呂は砥部焼の陶板壁画(石鎚山)になどに囲まれた大風呂。ここは普通の深さでお尻を床につけてのんびりと。アルカリ性単純泉なので、肌が少しヌルリとして気持ちいい。
一旦部屋の帰って、夕食は近くに居酒屋で。帰りに軽~~~い朝食を買って帰りました。

ホテルの階段の踊り場から見た
夕日の松山城
道後温泉別館 飛鳥乃湯泉
夜になっても近くのホテルから入りに来る人が多い
ホテルの窓から見た飛鳥の湯
左の写真の真裏

11/15~大洲へ、そして帰広

実は最初の計画では、13日に宇和島と大洲を見て内子泊り。14日に内子、松山を見て松山泊り。最終日に松山をもう少し見て広島へという計画でした。しかし・・・・。
月一度第3土曜日(11月は15日)に大洲城本丸で鉄砲隊の公開練習が開催されるのです。そこで「一旦大洲をスルーして松山に行き、15日に大洲まで往復したら」てなことを考えていたら、偶然にも終末(金土日)に運転される豪華観光列車・伊予灘物語(大洲編)を見つけました。行きは松山から海沿いの伊予灘線を通って大洲駅まで、予約しておけば車内で立派な朝食がいただけます。帰りは松山までの特急自由席券。早速家内に諮ったところ「是非」と。そういった訳で一旦引き返すという妙は行程になりました。

ホテルの部屋で少しお腹に食べ物を入れ(なにせ朝食が普段より遅いので)チェックアウト。松山駅のコインロッカーに荷物を預け、いよいよ豪華観光列車です。即日完売チケットなのか、残念ながら山側の向かいあった二人席です。乗客は1両に20人程度で、そこに2人の女性アテンダントがつき、出発早々、朝食が配られます。
美味しいですね。冷たい料理に温かいスープ。四角い甘いパン。量も朝食としては十分。そして最後にコーヒー。
それにしても良い天気です。室内は暖かいを通り越し、暑がりな私は上着を脱いで半そでTシャツ一枚。やがて海が見えてきました。

豪華観光列車・伊予灘物語の車内
朝食。これにお温かいスープと食後の珈琲
良くテレビCMにも使われる「JR下灘駅」にて
入り口から見た車内
あちこちでお見送り。結構うれしくなってくる

何せ広島の宮島の対岸に住む私達。「伊予灘なんて、毎日のように見ている瀬戸内海を反対側から見るだけじゃん」と思っていたのですが、ちょっと違いました。穏やかで広い。広島から見る瀬戸内海は多くの島が間近に迫り、いわば多島美。しかし伊予灘は広いですね。島は遠くて少ない。そして数日間見て来た太平洋と比べてとても穏やか。いつまでも見惚れてしまいます。
途中、海に面した下灘駅で10分ほどの停車。ホームに出て列車と記念撮影。そして海に見入ってしまいます。

走っていると。いわゆる「お見送り」が結構あります。沿線の人が幟をあげたり、コスチューム姿だったりで列車に手を振ってくれる。最初はいささか照れて「皇室じゃないんだから」なととぼやきながら手を振り返していましたが、最後には慣れちゃうんですね。結構うれしくなってくる。

伊予大洲の駅についたら、素早くタクシーに乗って大洲城に向かいます。徒歩だと30分、バスも少なく、タクシーも数台しかなく、列車の乗客間で取り合いになりそうだったので。
大洲城は2004年に復元された木造の再現天守閣です。木造再現は全国に5カ所あり、その中で最も背が高い。名古屋城や広島城も木造で再建されそうですが、50年もすれば建て替えが必要となるコンクリート製よりも、木造の方が文化的価値も含めて良い気がします。
天守閣と二つの櫓を渡り櫓で連結した複合連結式の本丸ですが、新しく再建されたのは天守閣だけで、二つの櫓は幕末に作られた(地震によって壊れたものを再建した)現存建築物です。

内部はちょっと変わっています。特徴は何と言っても1階と2階を繋ぐ踊り場が付いた吹き抜けの階段。そして障子戸。とても戦いの為にの城とは思えません。再建には多くの資料が使われたようですが、そもそも元になった大洲城がいつ作られた物かも良く分からないようです。江戸の初期には天守は有ったようですが、ひょっとしたらその後に何度か作り直されたものかもしれません。しかし、再建とは言え、やはり木造は雰囲気があっていいです。

二つの櫓を渡り櫓で連結した複合連結式の本丸
1→2層は踊り場の有る緩い階段
2→3層は急な階段

次に向かうのは臥竜山荘。
お城から臥竜山荘まで直線距離で850mほど。その間は何とも不思議な街並みが続いています。すれ違うのも難しいほど狭い歩道に掛けられたアーケードの商店街。たまに店名と思えない看板を見れば、確かに個人の家らしい。その先も昭和を思い起こさせる古い町並み、昭和30年代の埃まみれの品をそのまま展示したポコペン横丁(懐かしさのあまり、二人で何度も声をあげます)。さらに古い江戸時代の白壁の土蔵群。
九州の豊後高田市に昭和の町として売り出した昭和30年代の商店街があるようですが、ひょっとしたらそれに対抗できるのでは?街の振興を含めニッポニアホテルがかなり力を入れているようなので、今後は有名になるかもしれません。もっとも今の静けさも捨てが値のですが。

昭和感満載の街並み(新聞屋)
ポコペン横丁の入り口
白壁の土蔵群(おはなはん通り)

明治の貿易商が建てた臥竜山荘も見ものです。
どこかおおらかさを感じる数寄屋造りの母屋、川淵の崖に建つしゃれた不老庵。こじんまりとした感じだけれど上手く作り込まれた庭。そして肱川の借景。

臥竜山荘 障子に映る影が粋です
大きなかやぶき屋根
庭が綺麗
2畳ほどの茶室・知止庵
崖っぷちに立てられた不老庵
曲面になった網代天井が独特(不老庵)

さらに足を延ばして盤泉荘。高い石垣の上に建てられ、外から見ると3階建ての日本家屋(地階は倉庫なのか、2階建てという説明)。シンプルで豪壮な良い建物でした。

フィリピンでの貿易で富をなした松井家の盤泉荘
シンプルでスッキリした内装
粋な欄間
知らずに入ったのですが「志ぐれ」の元祖的存在らしい

少し疲れたので休憩しようと歩いていたら名物の和菓子「志ぐれ」の老舗らしきお店を発見。店内に床机らしきものもあるので「お茶を頂けますか?」と年配の店主さんに聞いたら、どうもダメらしい(宮島のもみじ饅頭屋さんで床机が有れば、お茶はサービスで買ったもみじ饅頭が食べられる)。とは言えは、まずは2つ買って味見をしていたら、奥から麦茶を持って来てくれました。申し訳ない。
この「志ぐれ」が美味しい。ういろうに似ていますが、粘り気が少なく小豆の食感が残っている。二人とも気に入って色んな味を2つずつ買って帰りました。たまたま入ったこの店、冨永松栄堂本店。どうも市内に沢山ある「志ぐれ」の店の元祖的存在らしく、昭和天皇の御用命菓子となったこともあるそうで、その後あちこちで製品を見かけました。

さて、鉄砲隊をめざして再びお城へ。疲れ切った足に本丸迄の坂道がきつい。
本日は指揮1人、隊員3人の構成の様です。最初に指揮の短筒。予想はしていたけれど、それ以上に大きな銃声。動画撮影していたのですが、思わず声が出て、画面が思わぬ角度に揺れます。続いて3人の隊員が火縄銃で射撃(5発づつくらい)、最後に一回り大きな大筒が一発。2時の予定が少し遅れてスタートしましたが、全部で15分ほど。もっともこれ以上長くてもくりかえしになるだけでしょう

3人並んで。音の大きさにビビります。
大筒の射撃
演習後、鉄砲隊の皆さんと
旅を締め括りに相応しい見事な夕日

かなり疲れたので、予定より1時間早い15:34分の列車に乗るべく、バスで大洲駅に。そこから特急で松山。預けた荷物を取り出して、ついでに駅弁を買って、7-8分歩いて伊予電・大手町駅。そして高浜~松山観光港に。高浜駅の手前で、旅を締めくくるのにふさわしい見事な夕日が見られました。広島じゃ海に沈む夕日は見れませんから。
出発ロビーでゆっくりと待って(なにせ1時間早く着いたので、まだチケットの販売も始まってない)。スーパージェットの中でお弁当を食べてて広島港に帰ってきました。